千石の髪は明るい。
明るい所ではなく、まるで極彩色のような、オレンジがかった明る過ぎる茶色だ。
その後ろ頭をばんやり眺めていると、その頭が急に振り返った。
「南ー、」
千石の、そのオレンジ色の髪が揺れる度、まるで本人自身が泣いているような気になるんだ。
『極彩色の涙』
そもそも、千石の地毛は黒くはなかった。
流石に、今のような色では無かったが。
それは、一人の少年が笑顔の仮面を被った瞬間。
何時だって、世の中には矛盾と理不尽さが転がっているんだって、あの時気づいたんだよ。
「最近、子供の犯罪が増えて来ている。
それは、大人が甘いからだ。
悪い芽は、早い内に摘み取らなくてはいけない。
・・・というわけで、今日は早速処罰を行いたいと思う。」
眼鏡をかけた何処にでもいそうな教師が、教壇で偉そうに喋っているのが静まりかえった教室内に響く。
清純は、それをじっと聴いていた。
その人の目に、しっかりと自分の目を合わせるのが清純の癖だ。
しかし、今回はそれが仇となってしまった。
「ほぅ、千石。何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「ぇ、なんでもアリマセン」
急に自分の名を出されて焦ってしまい、思わず声が裏返る。
それを見て、何故だか満足げに笑ったその教師は、トン、と教壇の上に何かを置いた。
墨汁、だった。
「それはよかった。それでだな、俺には千石に言いたい事があるのだが」
「ゲ。えーと、何ですか?」
「千石、俺は前に髪の色を直して来いと言ったよな?」
えー。千石君の髪って地毛なんでしょー?
だよなー、小学校の頃から一緒だけどあの色だったぜ?
生徒達の声でざわめき始める教室。
煩いという事が、その教師には耐え難い苦痛だったようで。
「静かにしなさい!」
その一声で、教室中は再び静まり返る。
「・・・というわけで、千石。今からその軽薄そうな頭をきちんとした頭髪にしてやる」
何が、というわけでなんだい、?と、今の千石であったならばそう軽く返したかもしれない。
否、巧くやり過ごす為に、やはり言わないかもしれないが。
先生ってばちょっとやり過ぎじゃない?そんな声もあちらこちらから聞こえて来たが、そんな些細な憐れみでは、
お前達も処罰されたいのか?という教師の一言の前に、たちまち誰も何も発さなくなる。
「皆も、気をつけるように」
清純は、後ろを振り返った。
助けてくれる者は誰も居ない。
世の中は非常で、自分が何とかするしかなかった。
その時、千石清純という少年のスイッチが切り替わった。
ちょっと抜けてて、果てしなくバカで。
少し本気モードを出しても気のせいかと思われるように。
何より嫉妬より怖いものはなく、人より突出する事のないように。
もしそうなってしまった場合はいつでも煙に巻けるような、そんなキャラクターを作った。
あれから、一年が経った。
あの教師には元から問題があったらしく退職した。
憎いとも思わない。
そんな人も居るのだ、と思った程度だ。
「お前、今時真っ黒かよ、ダッセー」
「おい、やめろよコイツ。あいつだぜ。ホラ去年・・・」
嗚呼、なんてこの世の中は、バカばっかりなんだ。
みんなみんな、一緒でなければ気がすまない。
皆が黒なら皆黒。皆が茶なら皆茶。
そもそもあの教師も、染めるなと禁止しておいて黒に染めろとはどういう事だったのだろう。
そして、黒に染めたと思ったら今度はまた染め直しか。
わぁお、俺の髪ってば痛みまくりじゃん。
つか、何回染め直せばいーの?って感じで、いやぁ面白いったらないね。
クスクス。クスクス。
思わず、笑い出していた俺に、その少年達は、胡乱げな顔をした。
まぁ、こいつ頭でも狂ったか?とでも思ったのだろう。
可笑しくて仕方ない。何故だろう、笑いが止まらないんだ。
それから千石はその足で薬局へ行き。
目的の物を探して視線を走らせていると(こんな時、動体視力が良いって便利だよね)、その中のひとつの色が目に留まった。
鮮やかな、オレンジ色。
思わずそれを手に取っていた。
安っぽいビニール袋をぶら提げて家路を辿ると空は薄曇で星すら見えなくて。
それが無性に嫌で嫌でしょうがなくて。
走って玄関に着くと靴を脱ぎ捨てて、シャワールームへ駆け込んだ。
ガサガサと陳腐な音を立てるビニール袋から、無造作に取り出す。
説明書を読むのも億劫で、だけどやっぱスゲー惨状になるのは嫌だったし、こんなんに動体視力って関係あんのかな?って思ってたけど、さっさと読み終えてしまいたい事を考えれば
流し読みで済む俺の特技に感謝した。
その橙を、頭からぶっかけた。
嗚呼、夕焼けがみえる。
ねぇ、健ちゃん。
あの日一緒に見た、夕焼けが、今。
目の前で一瞬みえたような気がして、でも滲んでまたみえなくなっちゃったよ。
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