名探偵達が言う、真実なんていらない。




父さんだけが、唯一の。 俺の 真実  だ った ―――――・・・











― 白桜 ―
















遠い月光。



深紺の刻。


淡い色の桜の中、ユラユラと、白が揺れている。








「ち、くしょ・・・っ」


怪我をした方の腕を庇いながら、快斗は傍の桜の木に凭れかかった。




今宵は満月。怪盗KIDの現れる、日。


宝石を盗み終えた後、例の如く組織の奴らが狙ってきたのだ。




















そろそろ彼の名探偵が来るのではないかと、少しばかり其方に気をとられていたのもあったかもしれない。


奴らの銃の放った鉛玉の軌道を見誤った快斗はその身に血の華を咲かせた。




しかし、こうでなければ怪盗は務まらないという事か。快斗は瞬時に意識を切り替えた。


冷静な判断で彼らをいなし、華麗に立ち回っていると、すぐ傍でパトカーのサイレンと警部の怒声が聞こえた。



またあの人は・・・と、それにクスリと笑いが零れる。


愛しの警部殿が到着する前に、奴らはその場から立ち去った。













その直後に、バンッと大きな音を立て、荒っぽく屋上の扉が開かれた。 そこに現れた人物に目を見張る。




「てっきり警部殿だと思っておりましたのに・・・」


ああ、成程。彼が、警察を呼んでくれたのだろう。




「キッド・・・っ」


彼は、キッドの白き衣装に赤を見止めて、咎めるように名を叫んだ。




「どうやら、本日はお客様に手荒な方がいらっしゃったようで・・・。

そういうわけですので、本日はこれにて御暇させて頂くとしましょうか」


キッドは肩を竦めると、優雅に一礼をし、その場から飛び立つ。



「キッド、待て・・・っ!何で・・・っ」




追い縋るような探偵の声にも、何も感じないと、キッドは何度もそう心の中で繰り返した。

















こんな筈ではなかった。



快斗は、今まで自分を、最後に一枚壁を作っている人種だと思っていた。


誰をも心の中に踏み込ませた事が無い、と。


幼馴染は別だが、それでもやはり、最後には何処か飾っている自分が居た。




そして、それはこれからも同じだと。






しかし最近、名探偵が少しばかり気になってしまっている自分が居る。


人間は弱く、脆い。ちょっとした事で、隙が出来る。


ずっと自分一人で立ってさえ居れば、きっとこんな事にはならなかった。






―――――始めから分かっていた筈だろ?始めから終わりまで、ずっと一人で。











ひとり、きり。




今、快斗は此処に一人切りだった。


この静かで、妖艶で、この世のものとも思えない此の空間に、ひとり。













むせ薫る、香り。



その場に居ると、自分の身体から血の匂いだけでなく、桜の匂いまで香り立つような気がしてくる。






己の血を吸って、紅く紅く染まっていく桜。






瞬間。


ザァッ――・・・と白が舞い、視界を覆った。




















視界が晴れてきても、何処か揺らめいて見える世界。 先ほど、自分の血を吸って紅く染まっていくように思われた桜は。


今、赤でも、元の桃色でもなく。






純白で。













快斗は思わず目を擦った。







舞い落ちる花弁の中、おぼろげに見える姿。


しかし、それは悠然としている。




目を瞬かせようとして、止めた。


そんな事をしたら、消えてしまいそうで。





身体が、歓喜に震える。











あの人だ。

あの人だ。

あの人だ。






ずっと願って止まなかった人。


幻でもいい。物の怪でも何でも良かった。



「とぉ、さん・・・?」




夢でもいいから会いたかった。


何度でも願った。夢でもいいから・・・。




「父さん・・・っ」




快斗は、彼の人に向かって駆け出した。













父さんは俺を見止めると、緩やかに笑みを形作り、両手を大きく広げた。


俺は躊躇わず、その腕の中に飛び込む。




頭を撫でてくれる、そのあたたかな感触が好きだった。


ずっと撫でていて欲しくて、もっと。と、いつもせがむ俺に、「快斗はいつまでたっても子供だな」と、少し困ったような表情をして、でも優しい笑顔で笑うんだ。













「父さん、俺・・・っ、俺ね・・・」


「なんだい、快斗。焦らずにゆっくり喋ってごらん?」




その言葉に力が抜けて、そのいつも通りの表情にほっとして。俺は、父さんが死んだ事の方が夢だったんじゃないかと思った。






「あ・・・えと、うん!あのね、この前・・・」


色々話したい事はあった筈なのに出てくるのは他愛無い話ばかり。


しかし今の自分の生活をそのまま話す事は出来ない。













父さんの前では愛すべき子供で居たい。












キッドを継ぐ事、それが本当に父さんが願っていた事なのかすら分からなくて。


でも、きっと否と言われた所で俺は止めないから。


その癖、迷っている自分が居て。








昔ならば、わからない事は父さんに訊けばよかった。


最終的には自分で考えなさいと言われるけれども、優しくヒントをくれる。


そのヒントはいつも俺を助けてくれた。


見守るように、保護するように。いつでも愛情の篭った瞳で見詰めてくれて。



それが、凄く、凄く嬉しくて。




子供な癖に変な強がりを覚えた俺は、今、そんな簡単な事すら出来ない。
















大好き、だよ。父さん・・・


俺の事 今でも愛してくれるかなぁ?













今の俺は、きっととても半端で醜いだろう。


それでも唯、愛してると言ってくれたなら。




―――――俺は勇気が無いんだ。今の俺を見て、愛してると言ってくれるのか。


否と云われたら―――・・・生きていけない。


父さんの傍にも・・・。




そうなったら、俺は。













「もし、もしもの話だよ?どうしようもなく寂しくて、本当にどうしようもなくなったら・・・父さんの所へ行ってもいい?」






咎めるような、哀しそうな笑顔を見せた父さん―――ああ、俺がこんな顔をさせてしまったのだ。




やっぱり、言うべきじゃ無かった―――。



そう思い、ぎゅっと両の拳を握り締める。


口の中がカラカラに乾いている気がする。唇が、身体が震えるのが止められない。





少しの間の後、父さんが口を開いたその時。













再び、ザァッと白が舞い。視界を覆った。
























視界が晴れてきて、俺は泣きたくなった。




夜桜というのは普通でも多少神秘的であるけれども、其処には、なんら普段と変わらない世界が広がっていた。


舞い落ちる花弁は、普通の淡い桃色で。

















それは、桜が見せた夢。






夢幻が魅せる、白桜。


































<END>