振り向けば  すぐそこに 君がいた夏。 遠い日の夏。
















君がいた夏












目の前に広がる蒼は、彼の人の瞳を思い起こさせる。

海辺に向かって歩き出せば、細かい砂の粒が夏の太陽で乾いたスニーカーの中に入り、ざらざらと足の裏を刺激する。

いっその事、脱ぎ捨ててしまおうか。

そう思うや否や、快斗は躊躇いもせずスニーカーを軽やかにその足から取り去り、そこらの岩山に乗せた。

満ちては引く。涼しげな音をさせている漂う透明な其れに、そっと足先を遊ばせてみると冷たさに飛び上がりそうになる。

しかしそれも一瞬の事で、しばらくすれば慣れてきたのか、足をひたひたと濡らす水の感触の心地良さ。











一箇所が心地よくなれば、また別の箇所が気になり出すのが人の性というものだ。

ジリジリと肌に太陽を感じる。

すると突然、首筋に当てられた冷たいモノ。


「や、ぁっ。なに、つめた……」


首筋を押さえながら上を見上げると、太陽と重なるようにして立っている人物がいる。




「何だ?快斗オメー、嫌に色っぽい声出すな」



新一はクツリと喉の奥で笑い、快斗の横に腰を下ろす。

冷たい物の正体は、飲料水だった。





「おっそかったねー。また夏バテとか?」

「ったく、だから俺は夏なんて嫌いなんだ」


快斗が考えたそれは当たっていたようで、新一はぶつくさ言っている。


「えーっ。俺、夏好きなんだけどなー」


にこり、と笑った快斗の笑顔はいつもと変わりない筈なのだけれど、新一は思わず眩しくて目を細めた。

太陽の光が眩しかっただけだと何に言うわけでもなく言い訳をして。


「ただ暑いだけだろうが」

「確かにね。でも、なんかさ、こう。いいなーって思わない?」





高い空に、陽射しがキラキラ輝いて。


快斗は、夏が好きだった。

正確に言えば、この、夏が好きだった。

この新一と自分しかいない、この夏の浜辺が。










俺は、好きだったよ。


この夏の事が、本当に、本当に大好きだった。










夏の暑い風が吹いて、波がまた快斗の足を濡らしていく。

Tシャツの袖を捲り上げ、額に手を当てて空を見上げた。


「いやー、確かに暑いね。今日はいったい何度まで上がるんだろ」


背中に汗を感じる。

まだ開けていない飲料水は、もうとっくにぬるくなっていて、もとの冷たさを感じさせない。
















―――夏、なんだな。


なんだか唐突に、そう思った。

いや、唐突でも何でもない。

今の俺がそう思っているだけ。

前回の俺も同じ事を思っていた。






何度、この夏を繰り返しているのだろうか。






もう、箱庭は終わりにしよう。

この、暑くて暑くて、何も考えられなくなるような、新一が嫌いだって言う夏の世界から。









俺の、大好きだった世界よ。サヨウナラ。
















最後まで、新一と俺の趣味は合わなかったなーと苦笑する。


夏の風はぬるい。

風を受けて、快斗の白い大きめのTシャツは軽そうに膨らむ。

風を受けては、膨らんで。風が止んだら、しぼんで。

快斗は胸の辺りのTシャツをぎゅ、と握った。





「新一・・・もう、いいだろ?この、浜辺から出て行ってくれないか。いや、出てって」


快斗は己が消滅するのを覚悟して、言った。


新一が哀しむだろうなとか、ああ、この夏も終わりなんだ、とか思っている自分が何だか可笑しかった。





























新一は、快斗の話をまた唯の戯言だろうと思って聞き流そうとした。

だが、この胸のざわめきは一体 何だというのだろう。



「俺、は。犯罪者じゃなかった俺なんだ。此処は、違うよ。此処は、新一の世界じゃない。

新一の世界は、もっと光輝いてた筈でしょ?

こんな、こんな俺の居る所じゃ・・・

だから、新一


戻れ」








何を言っているのかわからなかった。

快斗は、何を言っている?






「何・・・を言ってるんだ、快斗?犯罪者って・・・快斗は快斗だろ?」

「覚えてねーの?犯罪者ナンバー・・・ 1412号」

快斗は昔の絵本の中の物語を語るように、歌うように言葉を紡ぎ、哀しそうな顔をした。




「・・・KID」

俺がそう呟くと、快斗は見たこともないような、いや、いつも見ていた。俺は、そんな快斗に、泣いて欲しくて。本当に笑顔になって欲しくて。

泣きそうなのをポーカーフェイスで覆い隠したような顔をした快斗が、今 目の前に居る。



「だから・・・」



ああ、お願いだから。そんな顔をしないでくれないか。

君が闇の中、膝を抱えて震えているなら、俺が救ってやるから。



「快斗はもう、キッドを止めたんだろ?罪は償わなくちゃいけないが、それまで待っててやるから」



細くてもやはり怪盗などという行為をしていたからか、綺麗に筋肉がついていた快斗の身体。

しかし、今この腕の中にある快斗の余りの細さに切なくなり、きつくきつく抱きしめた。



「ちが・・・う、よ」



何が違うというのか。

快斗は事実、怪盗キッドを止めている。


それ、は

止めなければならない理由があるから?







新一は、自分でも意識が混乱している事がわかっていて、わからぬフリを通した。

そもそも何故、キッドでない快斗がこの場にいるのか。

なのに何故、その快斗がキッドの事を己の口から。

全ては、夢のようにあやふやで。

おかしい。何かが、否、全てがおかしい事に本当は、初めから気づいていた。

だけれど。

あの日の光景から、目を逸らしたかった。






「 新一、 もう    俺   は  」






さっと風がふいて

髪がなびいた

頬があらわに光っていた

君は笑っていて

素足に波を遊ばせていた




















あの時 海に墜落した君は  まるで 本当に鳥のようで






小鳥が、狩猟に狙われるように



白い鳥は 容易く手折られた













いくつもの夏の太陽が僕の記憶を白くする



 もう決して戻ってこないとわかっていても

 失いたくない遠ざかる記憶

 僕の悩みのすべてが君で

 僕の幸せのすべてが君で

 生きるのが辛かった



 君がいた夏

 君といた夏



 今、どの空の下。











振り向けば すぐ傍で 夢を見た

眩しすぎる あの夏の日




















<END>